要求は何でできているか

要求層に書くものは決まっている。背景・目的・成功基準・制約・スコープ外の5つである。 だが各要素が何を担っているかを取り違えると、項目は全部埋まっているのに機能しない要求定義書ができる。

「要求は誰のものか」では要求層に誰が座るかを扱った。本文書は、その席に座った者が何を書くのかを扱う。

5つの要素

要素答える問い検証者が使う場面欠けたとき
背景なぜ今なのか優先度の判断他の要求と比較できない
目的何が良くなるのか方向が合っているかの判断手段が目的として固定される
成功基準どうなれば達成か受入テストいつ終わったのか誰も言えない
制約何を動かせないか実現可能性の枠付け設計が終盤でひっくり返る
スコープ外何をやらないか期待値の合意際限のない追加要望

5つは並列ではない。背景が目的を、目的が成功基準を根拠づける連鎖があり、 制約とスコープ外がその外側から枠を与える。

背景 — 現状ではなく変化を書く

前者は3年前も来年も成立する。背景として機能するのはなぜ今なのかに答えられる記述だけである。

実務上の役割は優先度の根拠にある。要求が複数あって全部はやれないとき、比較の材料は背景しかない。 目的はどれも立派に見え、成功基準は数字が並ぶだけで大小を比べられない。

判定: その背景は3年前にも成立するか。成立するなら、まだ変化を捉えていない。

目的 — 上げ足りなくても、上げすぎても機能しない

越境パターン #1 の直し方は「それができると何が嬉しいのかを3回問う」だった。 ただし上げすぎにも崖がある。

記述問題
上げ足りない「レコメンドエンジンを導入する」解決策が要求の位置に座り、代替案が消える
ちょうどよい「カゴ落ちした利用者を購入まで戻す」手段は複数あり、達成は判定できる
上げすぎ「売上を伸ばす」どんな施策も正当化でき、どれも却下できない

判断基準は、その目的が交渉可能な単位になっているかである。 「売上を伸ばす」に反対する発注者はいない。反対されえない記述は、合意されてもいない。

なお目的は要求ごとに1つである。目的が2つに割れたら、要求も2件と考える。

判定: この目的に反対する人がいるか。いないなら抽象度が高すぎる。

成功基準 — 数値だけでは足りない

越境パターン #2 は成功基準がないことを扱った。数値を入れれば済むように見えるが、必要なのは3点である。

要素例欠けると
現在値一次回答の中央値8時間目標値の妥当性を判断できない
目標値2時間達成を判定できない
測り方と時点受信〜初回返信の差。リリース3ヶ月後の月次集計判定の場で解釈が割れる

現在値のない目標値には根拠がない。 現在値が測れないなら、最初の要求は「測れるようにする」になることもある。

法令対応やリスク低減など数値になじまない要求では、数値をひねり出すより、 達成/未達を二値で言える条件に落とす。

数値かどうかは本質ではない。受入テストの日に誰が何を見て○×を付けるかが決まっていればよい。

制約 — 前提が制約の顔をして紛れ込む

制約は出どころで性質が変わる。

出どころ例扱い
法令・規制個人情報の国外保管が不可破れない
契約・期限・予算年度内、上限1200万円交渉すれば動く
組織・慣習「うちはオンプレでやってきた」制約ではない可能性が高い

最後の行が要注意である。前提を制約として書くと、以降の全層がそれを動かせないものとして扱う。

要求層に書くのは制約とその出どころまでである。「だからこう作る」は設計層の話になる。

判定: それを破ったら何が起きるかを1文で書けるか。書けないなら制約ではなく前提である。

スコープ外 — 検討して外したものだけを書く

5要素のうち、もっとも書かれず、もっとも揉める。

検討していないものを書けば、検討済みという嘘になる。 検討して外したのに書かなければ、相手はまだ入っていると思っている。

種別例意味
今回やらないスマートフォン対応は次期以降に検討する順序の問題。将来やる可能性がある
そもそもやらない過去分の紙資料のデータ化は行わない範囲の問題。この要求では扱わない

この区別が曖昧だと、「次期」と言ったつもりが「やらない」と受け取られる。受託ではそのまま費用負担の争点になる。

連鎖が切れていないか

5つを埋めることより、背景から成功基準まで1本の線でたどれるかを見るほうが重要である。

背景目的成功基準断線
問い合わせが1.4倍一次回答を早くするFAQページの閲覧数を月3000に成功基準が目的を測っていない
担当者の退職リスク業務を標準化する手順書を30本作成する成果物の量を成功基準にしている

2行目は頻度が高い。作ったものの量は成功基準ではない。 手順書を30本作っても退職時に業務が止まるなら要求は未達であり、 達成しても要求が満たされない状態が正式に完成する。

まとめ

この判断は誰が検証するのか。 要求においては、5要素すべてを同じ人が判定できなければならない。 判定できない要素が混じっていれば、それは要求層に書くべきものではない。