要求フェーズの作成資料と情報項目

「要求は何でできているか」は要求の5要素(背景・目的・成功基準・制約・スコープ外)を、「要求は誰のものか」は要求の主体と身分(合意事項/仮説)を扱った。本文書は、その要求を実務でどう収集するか——どの資料を作り、何を埋め、誰に何を聞くかを扱う。

対象は客先が存在する案件(受託・社内基幹システム)である。受注前の提案から始まる案件は「提案型案件の要求フェーズ」を参照。

進め方の前提

要求の所有者は客先だが、記述者は受注側である。客先が要求文書を書けることは期待しない。進行は常に次の3ステップで行う。

  1. 仮説記入: 受注側が入手済みの情報(資料・過去案件・ドメイン知識)から全項目を仮説で埋める。この時点の全記述の身分は仮説である
  2. ヒアリング(検証): 仮説を見せて壊してもらう。白紙で「教えてください」と聞かない。間違った仮説への訂正のほうが、白紙への回答より速く正確に埋まる
  3. 確定: 客先の発言で上書きし、発言者を記録する。発言者の記録が、仮説が合意事項に変わった証跡になる

作成資料一覧

最小セットは5点。判断基準は「この資料がないと、何の判断を誤るか」である。

#資料ないと誤る判断主な情報源
1ステークホルダー一覧誰に聞き、誰の承認で確定するか窓口担当へのヒアリング
2業務フロー(As-Is)問題がどこで起きているか、システム化の範囲業務担当へのヒアリング、現場観察
3問題・課題一覧何を解決すべきか、投資の妥当性業務担当・管理者
4要求一覧システムが応えるべきことの範囲と優先度決裁者・業務担当
5制約一覧実現手段の選択肢、スケジュール決裁者・情報システム部門

作らないもの: KPI検討書・目標施策体系図(要求一覧の列に畳む)、業務用語一覧(全体要件書の用語定義と統合する。同じ情報を二箇所に定義しない)、実行計画書(提案書・契約側の文書)。

書籍等が挙げる10数種のフルセットは大規模SI向けであり、資料の数だけ同期コストが増える。追加するときは「ないと誤る判断」を言えるものに限る。

各資料の情報項目

「記入」列: 仮説可 = 受注側が仮説で埋めてよい / 客先のみ = ヒアリングでしか埋まらない。

1. ステークホルダー一覧

項目内容記入
氏名・所属・役職客先のみ
役割決裁 / 承認 / 利用 / 影響を受ける仮説可
関心事・懸念その人が何を気にするか(コスト、業務負荷、責任範囲)仮説可
ヒアリング要否・実施日—

設問例:

2. 業務フロー(As-Is)

スイムレーン等の図 + 補足表。図に含める情報:

項目内容記入
登場者(レーン)ステークホルダー一覧と対応させる仮説可
作業ステップ誰が・何を・どの順で仮説可
使用手段システム外を含める(Excel、メール、電話、口頭、紙)客先のみ
受け渡される情報ステップ間で何が渡るか(ファイル、連絡、承認)仮説可
頻度・件数日次/週次/月次、1回あたりの件数客先のみ
所要時間ボトルネック特定用。概算でよい客先のみ

設問例:

3. 問題・課題一覧

項目内容記入
問題ID連番—
問題(事実)起きていること。解決策を書かない。「〜がない」は解決策の裏返しなので禁止。「〜できず、…が起きている」の形で書く仮説可
発生箇所業務フロー上のステップ参照仮説可
影響定量で(件数、時間、金額、機会損失)。「要求は何でできているか」の成功基準の現在値がここから来る客先のみ
頻度客先のみ
現状の回避策今どう凌いでいるか。回避策の存在は問題の実在の証拠客先のみ

設問例:

4. 要求一覧

要求フェーズの中心成果物。全体要件書の「背景と要求」に要約を反映し、各領域の要件定義書のユースケースからトレースされる。

項目内容記入
要求ID連番(要件文書からの参照用)—
要求達成したいこと。主語は業務。解決策を書かない(「要求は何でできているか」の目的の抽象度判定を適用: 反対する人がいない記述は上げすぎ、手段が固定される記述は上げ足りない)仮説可
対応する問題ID問題一覧へのトレース。どの問題にも紐づかない要求は水増しの疑い仮説可
優先度必須 / 重要 / 任意客先のみ
成功基準現在値・目標値・測り方と時点の3点(「要求は何でできているか」参照)。数値にならないなら達成/未達を二値で言える条件客先のみ
身分・発言者・確定日仮説 / 合意事項。合意事項なら誰の発言か客先のみ

設問例:

5. 制約一覧

項目内容記入
区分法令・規制 / 契約・期限・予算 / 技術・環境(オンプレ要否、既存システム接続)—
内容客先のみ
出どころなぜその制約があるか(規程名、決裁事項、慣行)。「要求は何でできているか」の判定を適用: 破ったら何が起きるかを1文で書けないなら、制約ではなく前提客先のみ
交渉可能性破れない / 交渉すれば動く客先のみ

設問例:

5要素との対応

資料を埋めると、要求の5要素は次の場所に現れる。

5要素現れる場所
背景問題・課題一覧(影響・頻度が「なぜ今か」の根拠になる)
目的要求一覧の要求文
成功基準要求一覧の成功基準列(現在値は問題一覧の影響から)
制約制約一覧
スコープ外要求一覧の優先度「任意」と、検討して外した要求の記録

資料が埋まっても、問題→要求→成功基準の線が1本でつながっているかを最後に確認する。線が切れている典型は「要求は何でできているか」の断線の表を参照。

要件フェーズへの接続

まとめ

この判断は誰が検証するのか。 各資料の「客先のみ」列が、その資料の検証者を示している。仮説可の項目だけで完結した資料は、まだ誰にも検証されていない。